嫌なことをしてくる人がいます

これ、実生活で経験したことがある人、多いと思うんですけど…どうですか?

私もありますよ。今でもです。
私が仕事関係で関わっている男性のことが大好きな女性から嫌がらせを受けました。
その男性に、私に関してアルコトナイコト吹きこんだんです。
いや、ナイコトナイコトを吹きこみました。
一時期、仕事がしづらくて仕方ありませんでした……。

これもクライアント様からのご相談です。
「占いで相性を見てほしい人がいます、同性の人なんですけど…」と言われたので、事情をお聴きしたら
「私のことを嫌いなんだと思う。常に視界に入ってイライラするんです」
「イライラするだけならまだマシなんですが、私が嫌がるようなことを言ったりやったりしてくるんです」
とのこと。
どうしたいかをうかがったところ
・その人を避けたい
・嫌いなので仲良くなることは考えていない
・視界に入るだけで胃が痛くなる
かなり深刻な状況でした。

で、私が以前
「引き寄せはありますよ」
と申し上げたのを覚えていてくださって
「ということは、私の日頃の行いが悪いから悪いことを引き寄せたんでしょうか?
 だとしたら、相性を見てもらっても意味ないですよね…」
とショボンとしてしまって。

どこのどいつか知らんが、こんないい子に嫌がらせなんぞしやがって~!!!と怒り心頭。

今回のご相談が、悪いものを引き寄せたのか?ということに関して、私なりの意見を申し上げます。

まず、人間、生きていれば良いこともするし悪いこともします。どんな悪人であっても、一つくらいは良いことをしています。
芥川龍之介の『蜘蛛の糸』という話をご存じですか?
あれは名作です。
以下、Perplexity(AIチャット)がまとめた内容です。知らない方のために参考まで。
『お釈迦様が極楽の散歩中に蓮池を覗き見たところ、​罪人たちが苦しみもがく姿を目にし、​その中に一度だけ小さな蜘蛛を踏み殺さず助けた泥棒・​犍陀多を見つけ、​救い出そうとした。​しかし、​犍陀多は利己心で糸を切ってしまい、​地獄に落ちて極楽に来ることはできなかった。​』
​因果応報はあり、エゴイズムは身を亡ぼすよ、というメッセージ性の高いお話だと私は思っています。

極悪人であっても、お釈迦様が蜘蛛の糸をたらそうと思うくらいの良いことはしているのですよ。
そして、それと同じように、ごく普通に生きている私たちであっても、一つくらいは悪いことをしているのです。
この「良いこと」「悪いこと」というのは、我々の価値観から見たものではなく、この世の法則に照らし合わせた場合の「良いこと」「悪いこと」です。
人間の浅知恵程度では、どれが良くてどれが悪いのか判断ができません。
ただ、法則の一端は、昔話やことわざ、お経や聖書などの中に残っています。
あとは、道徳(って今もあるのかな?)の授業や教科書の中とかね。戦前だと「修身」というカリキュラムだったようです。
戦後GHQによって真っ黒に塗りつぶされたヤツです。アメリカはちゃっかり修身の教科書を持ち帰り、自分の国で使おうとしたようですが、もともとの国民性もあるのでそのままの移植は難しかったのではないかと思います。
こういう説法のような話に反するようなことばかりしているのであれば、もしかしたら悪い引き寄せをしかねないでしょうが、普通に法律に反せず生きているのであれば、そこまで行いの悪さを気にする必要はないのではないかと考えます。

これ前提で、対処法をお伝えしました。

まずは「切り分け」をすることが必要です。

切り分けるのは
・目に見える世界(現実、形而下)
・目に見えない世界(スピ、形而上)
の2つです。

わかりやすい目に見える世界から対処していきます。

嫌がらせをする人って

根性が曲がっている
性格に問題あり

なのは確かなのですが、一番なのは

アナタに多大なる関心を持っている

ってこと。

好きの反対は嫌いではありません。
アナタへの関心が
プラスに働くと「好き」
マイナスに働くと「嫌い」
になるのです。

つまり、好きと嫌いは、反応が違うけれども根っこは一緒ということです。

だから、嫌がらせをしてくる人は、アナタのことが気になってしょうがない人なのです。
小学生の男の子が、好きな子に意地悪をするのと、やっていることは一緒です。

加えて、アナタにちょっかいを出すということは、

反応を期待している

のです。
ただの構ってほしい「カマッテチャン」なのです。
こういう人は、たいてい
ヒマ
です。考えてもみてください。大谷翔平選手や藤井聡太竜王が、周囲に嫌がらせをすると思いますか?
そんなことをするくらいなら、野球のスキルアップや将棋の勉強をしたい、と言うのではないでしょうか。

暇人の相手をするヒマ、アナタにありますか?
相手にしないまでも、そんな人のことを考える時間、もったいないと思いませんか?

それでも、対応しなければならない時もあります。会社の同僚ならなおさらです。
ここで問題です。

「好き」「嫌い」の反対って何でしょうか?

答えは

無関心

です。

なので、

必要最低限の対応をし、

私はアナタに関心がありません

という態度を崩さないこと。

私なら、丁寧な対応をしても目だけは笑わない、目を合わせない、を心がけるかな。
心がけなくても、思っているだけで言動がそうなります。
ヒトの心ってすごいですよ。

これを続けると、カマッテチャンは、ちゃんと相手をしてくれる人のところに行きます。

それでも、カマッテチャンがアナタに執着して離れてくれない場合、ここで出てくるのが「目に見えない世界」に何かある場合です。
目に見えない世界的にこの状況をひもとくと、だいたいは上(神様と言っていいのではないかと思います)が、アナタに用があるケースがほとんどです。
どんな用かは人によって違うのでここでハッキリとは言えません。たとえば、家族のことだったり、ご先祖様のことだったり、他にも社会の役に立ってほしいなどなど、色々考えられます。

普段の生活の中から、仕事関係から、よくよく観察すると
不快な事象が起きる=上からのサイン
が成立することが多いです。

なぜ不快な事象なのかというと、私たちにとって良い事象が起きても「よかった♡」「わーい♡」で終わってしまうからです。
逆に、不快感とか嫌悪感とかの方が、強烈に意識されるし記憶にも残りますよね。
だからあえて、上は私たちに「苦」をサインとして与えるのですって。

形而下(目に見える世界)の対処をして、それでも「苦」がなくならない場合は、目に見えない世界を通してすべきことは何かを探って実行していくと良いでしょう。

私が実際に経験した目に見えない世界からのサインは、
風邪がこじれてしまって治らなくなり、咳が止まらずに苦しんでいた時、ある人に対して素直になれず反抗ばかりしていたことが原因かもしれないと思い、その人に謝罪して態度を改めたら一気に治った
などです。

他にも、サインの体験はたくさんあります。ご興味あればお話しします^^

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